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「もっとスムーズに情報共有ができれば、医療従事者の負担も減り、患者さんにとってもより安全で質の高い医療を提供できるのではないか」
今回ご紹介するのは、PDCに参加し、医療現場が抱える課題解決に情熱を燃やす医師、東 珠莉(あずま じゅり)さんです。現役医師として多忙な日々を送る傍ら、医療従事者と患者、双方の負担を軽減し、より質の高い医療を実現するための情報ツール開発に取り組んでいます。PDCでの内省を経て、彼女の想いはどのように事業へと昇華されたのでしょうか。その情熱の源泉と、目指す未来について伺いました。
■なぜ、その事業をやりたいのですか?
この事業をやりたいと思った直接的なきっかけは、私自身が研修医として働き始めて感じた医療現場の「アナログさ」に対する強い問題意識です。 他の病院からの紹介状は必ず紙で来ますし、画像データもCD-ROMでやり取りすることが多く、それをまた読み込む手間が発生します。 お薬手帳の情報も手入力、カルテは音声入力に対応していないなど、例を挙げればきりがありません。
特に救急の現場では、そのアナログさが医療の質やスピードに影響しかねない場面を何度も目の当たりにしてきました。看護師さんが患者さんの情報を手書きで記録し、検査オーダーの紙が積み重なっていく…。 一人の患者さんに対応している時はまだしも、同時に複数の救急患者さんが運ばれてきた時など、情報が錯綜し、薬剤投与の遅れや検査漏れのリスクが高まるのを感じました。
「もっとスムーズに情報共有ができれば、医療従事者の負担も減り、患者さんにとってもより安全で質の高い医療を提供できるのではないか」。私たちが普段使っているスマートフォンのように、直感的で使いやすいデジタルツールを医療現場にも導入したい。その想いが、この事業の原点です。
■今の価値観に繋がる原体験は何ですか?
「自分にしかできないことをやりたい」という想いは、中学生の頃から漠然と抱いていました。 中高一貫校に通い、良い大学に入ることが王道とされる中で、どこか違う視点で物事を見たいという気持ちがあったんです。
高校時代にニュージーランドへ3ヶ月間留学した経験は大きかったですね。 現地の生徒たちが授業で積極的に発言したり、裸足で自然の中を駆け回ったりする姿、そして日本とは全く違うゆったりとした時間の流れに触れ、自分の狭い価値観が揺さぶられました。 もっと自分の得意なことを見つけて、それを組み合わせれば、偏差値だけではない自分らしさを出せるのではないか、と考えるようになりました。
起業に興味を持った背景には、母の存在も大きいです。母はメガネの卸売業で起業していました。 忙しそうではありましたが、自分で時間の調整をしながら、私たちの学校行事にもちゃんと来てくれるなど、子供との時間を大切にしている姿を見て、「私も将来、子供を持ったらあんな風に働きたい」と感じていました。 医師として病院に勤務し続けると、どうしても時間の制約が大きく、子育てとの両立に難しさを感じる場面も出てくるかもしれません。起業という選択肢は、自分らしいライフスタイルを実現するための一つの道だと考えています。
医学部を選んだのは、正直に言うと「安定」を求めた部分も大きいです。 医師免許があれば、将来どんな道に進むにしても、その資格が自分を助けてくれるだろうと。 ただ、実際に大学で実習が始まり、そして医師として働き始めると、想像とは違う現実も目の当たりにしました。 特に大学病院の過酷な労働環境や給与体系を知った時は、医療への興味を失いかけた時期もありました。
しかし、今の病院で実際に患者さんと接する中で、医療の面白さや奥深さを再発見しました。 単に病気を診断して治療するだけでなく、患者さん一人ひとりの背景や想いを汲み取り、コミュニケーションを通じて信頼関係を築いていく。 その過程で、人と深く関わることのやりがいを感じ、医療に対する見方が180度変わりました。 今では、救急医療の分野に進みたいと考えています。 このように、実際に現場に身を置いたからこそ見えてきた課題や、そこで芽生えた想いが、今の事業アイデアに繋がっています。
■事業を通じて、どんなビジョンを実現したいですか?
この事業を通じて実現したいのは、患者さんも医療従事者も、双方がより負担なく、幸せになれる医療現場です。 現在、看護師さんの記録業務は非常に多く、それが大きな負担となっています。 私たちのツールによってその負担を少しでも減らし、本来の看護業務や患者さんとのコミュニケーションにより多くの時間を割けるようにしたい。
また、医師の長時間労働や過労死も深刻な問題です。 一方で、患者さんにとっては外来の待ち時間が長いといった負担もあります。 最新のデジタル技術を活用することで、こうした双方の負担を軽減し、よりスムーズで質の高い医療を提供できる社会。それが私の目指す未来です。 医療に関わる全ての人がハッピーになれる、そんな世界を実現したいと強く願っています。
■事業を加速させるために、どんなモノやヒトが必要ですか?
この事業を加速させるために、今一番必要としているのは、私たちの想いを形にしてくれるエンジニアの方です。 私自身は医療現場のニーズや課題を深く理解していますが、それを具体的なシステムとして開発するためには、専門的な技術と知識を持つエンジニアの協力が不可欠です。 幸い、PDCのメンターの方からもエンジニア探しのサポートをいただけそうなので、期待しています。
将来的には、開発したツールを電子カルテと連携させることが理想です。 国も2030年までの電子カルテ導入を推進しており、まさに今、医療DXが大きく動こうとしています。 この変化の波に乗り、既存の電子カルテシステムを提供している企業様などと協業できれば、私たちの事業はさらに大きなインパクトを生み出せると考えています。
ただ、医療業界は変化を嫌う風習が根強く、新しいシステムを導入するには大きなハードルがあることも事実です。 セキュリティの問題や、既存のカルテメーカーによる市場の独占など、乗り越えるべき課題は少なくありません。 だからこそ、この現状を変えたいという強い意志と、現場のニーズを的確に捉えたソリューションが必要だと感じています。 若い世代の医療従事者を中心に、この「仕事のしにくさ」を変えたいと思っている人は確実に増えています。 このタイミングを逃さず、変革の一翼を担いたいですね。